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ネットにおける匿名発言の劣化   [ブログ]

言いたいことを自由に言えることの大切さ

   

知り合いの方のブログを見て「自分もやってみよう」とブログを始めたというmiroさんは、音楽を中心に自分の好きなこと、興味を持ったことを書き連ねようという漠然とした意図しかなかったといいます。しかし、今年でブログ歴は8年目を迎えたといいます。  

    

音楽好きなmiroさんは、年間400枚のCDを買い150本のライヴに行くそうですが、その95%は自費であるといいます。果たして、年間いくらぐらいの出費になるのか、予想もできませんが、好きなことに金を掛けることができるということはうらやましい限りです。  

    

長いブログ歴の途中には、甚だ困ることもあったといいます。ブログを始めた頃、コメント欄に理不尽な罵詈雑言を書き残す不届き者がいて閉口したそうです。  

    

「何を書いても全く的外れな悪口が連日書き込まれるようになった。面と向かって心当たりのある苦情を言われるのなら納得出来る。しかしネットの恐ろしいところは見ず知らずの人間が好き勝手に書き込み出来ることだ。これは小心者の私にはかなりこたえた。辛かったが書きたいことは山ほどある。辛抱強くその荒らし屋のコメントを削除し記事を書き続けるうちにいつの間にかいなくなっていた」と、miroさんは綴っています。  

    

確かに、誰でも自由に発言できるところがネットのいいところでもありますが、それが逆にネットが批判されるところでもあります。  

    

内田 樹氏は『街場の読書論』で、ット上での匿名発言の劣化がさらに進んでいるように思える。攻撃的なコメントが一層断定的になり、かつ非論理的になり、口調が暴力的になってきている」 と言っています。  

    

ネットは匿名であるために好きなことを言えます。相手(批判の対象や読者)がどんな人であるかは気にする必要がありません。良識ある社会性がなくても発言できるのがネットです。ですので、「便所の落書きと変わらない」と批判されるのも無理はありません。  

    

憂さを晴らすためにネットに書き込むと言う人もいると思います。そういう人にとってネットはこの上ないありがたいものかもしれません。しかし、感情だけを爆発して何を言っているのかわからない発言は、社会的には何の役にも立ちません。「なぜそうなのか(そう思うのか)」を説明しないで結論だけを言っても相手に通じるはずがありません。  

    

内田氏のいう、「挙証の手間を惜しみ、情理を尽くして語ることを怠り、罵倒や呪詛を口にする者」が、今やネットだけでなくリアルな世界にも溢れています。内田氏は、「彼らが『言論の自由』を権原に自分の行為を正当化することはできないだろう」と言っています。また、「根拠を示さない断定や、非論理的な推論や、内輪の隠語の乱用は、それ自体に問題があるというより(問題はあるが)、それを差し出す「場」に対する敬意の欠如ゆえに退けられねばならない」とも言っています。まさにその通りだと思います。  

     

    

言いたいことだけ言って、相手の言うことに耳を貸さない。相手に伝わるかどうかということが問題ではなく、鬱憤を晴らすことだけに邁進する。だからこそ、そこに論理的な理屈は必要ない。こういうふうに考える人がネットの世界には少なくありません。困ったことです。    

    

                 

      

       

ブログを書くという行為についての考察と意志表明

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