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【転載記事】 闇サイト殺人事件だけは風化させるな!」~日弁連の陰謀   [ブログ]

 転載  転載元   河村龍一の「月の癒し」~銀河鉄道の夜

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今宵、「河村龍一の銀河鉄道の夜」に訪問されましてありがとうございます。

毎年、「8月24日」は私が一番イラつく日です……しかし、この日は戦後類例のない凶悪殺人事件の犠牲となった被害者のご冥福を祈る日でもあります。

故磯谷利恵さんの無念を晴らすことができず、今日で8年の年月が経過してしまいました。

それにつけても、いっこうに歯止めがかからず、増加の一途を辿る凶悪犯罪。
今月13日深夜、大阪府高槻市の物流会社の駐車場で平田奈津美さん(13)の遺体が見つかった事件で、大阪府警は職業不詳、山田浩二容疑者(45)を平田奈津美さん、星野凌斗君殺害及び死体遺棄の疑いで逮捕しました。

私が危惧していたことが、すでに現実のものとなってしまったようです。
それは、「日本の安全神話崩壊」と「日本の死刑制度一部廃止」。

私は


で、これらのことについて警鐘を鳴らしてきました。

凶悪犯罪者たちと裏でつながっている「悪徳人権弁護士」たちの謀略により、日本の死刑制度廃止実現のため「闇サイト殺人事件」の裁判が利用されたのです。

ちょうど、8年前の今頃ですね……被害者が帰宅途中、自宅から後500メートルまでの距離だったという路上で、見知らぬ3人の男たちにより無理やり車に拉致・監禁された後、男たちは必死に助けを求める被害者の顔面や頭部を30回以上もハンマーで叩き潰し、それでも生きていた被害者が鬼畜たちにより首をロープで絞められて殺害されてしまいました。

よりによって、日本弁護士連合会が発足した「死刑制度廃止検討委員会」は、
こんな外道たち犯人の命を救ってまでも、我が国の死刑制度廃止を必死になって実現しようと企んでいたわけです。

この犯人たちの極刑を求める陳情書は、国内外から30万人以上も集まったという異例な事件であったことから、国内では多くの人々がこの事件の裁判を注視していたため、日弁連はこの事件の裁判を利用して「被害者が1人では絶対に死刑にならない」という悪しき慣例を作り上げたのでした。

いわば、この事件は日弁連の「生贄」であり、一部限定した「死刑制度廃止」を強引に実現させてしまったのです。
その結果、現在、日本の治安は更に悪化し、「犯罪を職業とする反社会的人物」が増加し、また、特に未成年者による凶悪殺人事件に歯止めがかかりません。
詳細は拙著に記述してありますので、興味のある方は是非、拙著を一読してください。

ここだけのお話ですが、この事件も含めまして、犯罪被害者遺族の人々は、年月が過ぎるとともに、何とか悲惨な事件を忘れようと必死に努力しています。
ですので、私たちも闇サイト殺人事件被害者遺族のお母さんを、故利恵さんの命日である「8月25日」だけでも、そっとしてあげてください。

以前、お母さんが私にそれらしき事を言っていた記憶があります。

鬼畜たちが極刑を免れないように世論で追い詰め、また犯人たちの人権擁護に偏重した理不尽極まる司法の糾弾については、この事件に義憤を感じた心ある人たちだけで徹底的にやりましょう。

10月には、日弁連の謀略に加担した裁判官により命拾いした「堀慶末」の余罪裁判が開始されるそうですので、この情報について入手次第、私のブログで速報いたします。

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コメント 2

zih*s*uppan*

クレーマー&クレーマーさん
2013/10/2210:10:59
刑務官の職場は「司法の現場」ですか?
******
***


9月に河村龍一氏(元刑務官)の「闇サイト殺人事件の遺言」が発売されました。しかし、そこにはおかしな記述があります。皆さんのご意見をお聞かせください。

問題の記述は、次の箇所です。

>刑法学者や有識者と何の繋がりも持たず、法律的知識もない私にとって、本作の執筆は至難なことである。しかし、私には長きにわたり、司法の現場に携わってきた豊富な経験から得た知見があり、犯罪被害者や遺族を始めとした一般社会から負託された、社会正義遂行という情熱がある。司法の現場で構築された哲学で述べてみたい。

以上です(7ページの「はじめに」からの抜粋)。

果たして、刑務官の職場(刑務所や拘置所)は「司法の現場」といえるのでしょうか。拘置所は裁判中の被告を収容していますが、刑務所は刑が確定した者を収容しています。裁判が終わった者を収容している刑務所がどうして「司法の現場」なのでしょうか。それは、刑を執行する「行政の現場」、もしくは「行刑の現場」と言うべきではないでしょうか。

120ページで著者は次のようにも記述しています。

>私が勤務していた施設の受刑者は、制圧する刑務官の人数が少ないほど刑務官の指示に従うようになり、逆に多いほど、卑怯だ、一人では何もできないくせに偉そうなこというな、というような理由から担当刑務官をなめてしまい、以後、その職員の指示に従わなくなる者が多かった。
(中略)
>受け持ち区域の秩序を維持するために、私はほとんど単独で体を張って (以後省略)

ちなみに、「死刑 究極の罰の真実」(読売新聞社会部・編集)では次のように記述しています。

>これまで裁判に携わる法律専門家は、刑罰の実情を知らないことに何の疑問も感じてこなかった。それは、判決までは司法の問題だが、刑罰の執行は行政の問題だからである。

以上、です(278ページ)。

皆さんのご意見をお聞かせください。

河村龍一氏は、34年刑務官を務めました。そういう人が自分の職場を「司法の現場」というのは極めて不適切ではないでしょうか。それとも、法律的な知識の乏しいことの表れとして大目に見るべきでしょうか。

河村氏は、法律的な知識はないと言いながらも「豊富な経験から得た知見」があると言っています。その主張には矛盾するところがあるようにも思えるのですが、皆さんはどう思われますか。

by zih*s*uppan* (2015-10-04 10:49) 

NO NAME

captain_herlock~「クレーマー&クレーマー 」
2015-10-06 19:45:44

僕も著者と同じ意見である。死刑存続どころか、汚職でも死刑であると考えるし、教育の問題であることは、あえていうまでもない当然のこと。著者は世の中を変えるには半世紀かかるというが、僕は家永三郎説をとって最低でも1世紀とみる。文化の連鎖を断ち切り続けた100年とみる。

しかしながら、こういう幼稚な本もあるのかと落胆した。良いところだけを過大評価してヨイショするのは得意なのだけど、磯谷利恵さんの事件であるからには、はっきりと書こうと思う。

著者は実に良い視点をもっているのだが、あたりまえの世間話程度のことしか書かれていない。編集氏は全く掘り起こしを行っていない。暇つぶしにブログに書き散らす程度の内容であったし、読み物としての味もない。著者の意思は痛いほどわかる。義憤にかられた著作は尊敬に値する。思想としても、商業的にみても、情報としても素材が良い。

しかしながら、編集者はいったい何をやっていたのか。こういう馬鹿な編集が出版界にいるから、本の売り上げが低迷するのだ。手抜き仕事、流し仕事。センスが悪すぎる。頭が悪すぎる。矜持もへったくれもない。

by NO NAME (2015-10-07 18:10) 

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