So-net無料ブログ作成
死刑廃止論 ブログトップ
前の10件 | -

安倍政権で6回目の死刑執行 (2014.8.29 2名執行)   [死刑廃止論]

拘留されている死刑確定者は残り125名
   

  
執行は前回から約2か月

   
死刑が執行されたのは、ことし6月以来で、前回からおよそ2か月で行われました。谷垣法務大臣がおととし12月に就任してから命じた死刑の執行は今回で6回目で、合わせて11人になります。
 
谷垣法務大臣の下では、去年12月の4回目までは2か月から4か月に1回のペースで死刑の執行が行われてきました。
 
しかし、5回目の執行はことし6月で、半年の期間がありました。この間のことし3月に、いわゆる「袴田事件」で死刑が確定していた袴田巌さんが、再審=裁判のやり直しが認められて釈放されています。
 
この5回目で執行された死刑囚は、無罪を主張している袴田さんとは異なり確定した罪を認めていて、袴田事件の再審決定を受けて執行の時期や対象者の判断に、より慎重になったとみられます。
 
しかし、今回は、前回から2か月での執行に踏み切り、執行された2人は裁判で事実関係を争ったり、殺意を否認したりしていました。
 
これについて谷垣法務大臣は、会見で「裁判所が慎重に審理された結論を前提に慎重に判断したということです」と述べました。

829 1218

NHK NEWSWEB  より
  

谷垣法務大臣の積極的な死刑執行を評価する。冤罪の疑いのないケースについて死刑を執行することは何ら法的に問題はない。むしろ、執行しない方が問題だ。過去には、法務大臣就任時に死刑執行に反対という意思表示をした法務大臣もいた。何でそんな人物を法務大臣にしたのか、その任命権者の責任が問われる。
 
死刑制度は絶対に必要 奪った生命を何で償うのか

http://shuchi.php.co.jp/article/555

写真 TBS News i

DSC00285.JPG   にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村




(採録)非道極まる、人を人と思わない鬼畜の所業   [死刑廃止論]

デヴィ夫人、少年法の改正をあらためて訴える

    


広島の凄惨な少女殺人事件、 犯人を少年A少年Bとするな!

  

加害者達は1人を除いて、またもや未成年。少年法に守られ、実名も顔写真も公開されず、軽い処罰で済んでしまうのでしょうか。被害少女の恐怖はどれ程だったか、想像もつきません。また少女のご両親の癒えることの無い、悲しみ・苦しみを思うと胸が締め付けられる思いがしますし、「少年法」に対し大変な憤りを感じます。
 

私はこれまで、少年法の改正を強く訴え続けて参りました。是非皆さまも、またここで一度考えていただきたいと思います。
 

過去に私がブログで訴えてきたものをご紹介します。もう一度読んでいただいて、皆さまと共に"少年法改正"を唱えていきたいものです。
  

【アメブロ】

2012-04-28 日本の「少年法」は即改正されるべき。

2012-05-17 改正されるべき少年法

2012-07-19 ついに刑事告訴となった大津の“いじめ事件"

  

【メールマガジン】

2012-07-25「少年法」に守られる凶悪犯罪
         

【ニコニコのブロマガ】

2012-09-06 青山学院中等部で起きた「性犯罪」

2013-03-05 また起きた!!未成年問題

  

また、今年428()に幕張メッセで行われた「ニコニコ超会議2」に参加し、「愚法を正すデヴィ夫人の部屋~日本の少年法は即改正されるべきです。」と題し、京都亀岡市の交通事故被害者の会"古都の翼"の方々と共に少年法・危険運転致死傷罪の改正を訴えるトークセッションを行いました。
  
  

2013-05-05

『超ニコニコ言論コロシアム』に出演。昨日放送されていた「ミヤネ屋」に出演されていた梅沢富美男さんや、やくみつるさんも、少年だからといって実名報道されないことなどについて、おかしいとおっしゃっていました。
  

以前から再三申し上げておりますが、一刻も早く日本の愚法である「少年法」の改正を行うべきと、強く訴えます。皆様はどう思われますか。
 

コメントはこちら ⇒ http://dewi-s.com/kc107947/11431

 

デヴィ夫人のメールマガジン2013.7.19 配信)より

 

デヴィ夫人のメールマガジンが発刊されたのは去年の7月です。それからちょうど1年が経ちました。その記念すべき第一号で「真夜中の看守長 ルナーミッション」(河村龍一・著)が紹介されました。河村龍一も少年法の改正を訴えています。そして彼は、死刑の執行に関して大胆な提案をその著書で試みています。

  

「少年法」に守られる凶悪犯罪  ← デヴィ夫人メールマガジン第一号

http://mailmagazine2012.blog.so-net.ne.jp/ 
 

        m_m_CCF20120222_000021.jpg          にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村


一人殺害でも原則として死刑!!   [死刑廃止論]

命の尊さに被害者の数は関係ない

 

千葉大生殺害事件の被害者の母親は8日、一審の死刑判決が回避されたことを受けて「司法への期待を裏切られた。1人殺害だから死刑を回避するとはよく言えたものだ」というコメントを発表した。

 

元世界銀行副総裁の西水美恵子氏の「人の痛み、我が身重ねよ」という主張に従えば、遺族の悲しみにこそ寄り添うべきだ。被害者だけでなくその遺族の夢さえも無残に奪った加害者にどういう「人の痛み」があるというのか。

 

映画「刑務所の中」で、「人1人殺して7年なんてやすいもんだ、アハハ」 と談笑するシーンがある。こういう受刑者は現実の刑務所の中にいるはずだ。それもかなりの数で。こういう者がいる限り、いつだれがその被害者になってもおかしくない。

 

死刑を免れた者が刑務所の中で如何に反省のない受刑生活を送っているか。それを思えばこの上なく激しい怒りが募る。死刑に反対している犯罪被害者の遺族もいるが、多くの遺族が加害者の死刑を希望するのは当然というものだ。

 

かつて加害者を弁護する立場であった岡村 勲弁護士は、恨みを抱いた加害者から奥さんを殺害された。犯罪の被害者の立場になって初めて司法が如何に被害者の存在を蔑にして来たかを実感したという。岡村氏はその後、積極的な死刑容認派になった。

 

しかし、事件が起きてから怒りを抱いても遅い。そういう事件が起きないようにするためにどうすべきかということを考えなければいけない。決して無関心でいいはずはない。

20131031

http://kokuhatu-gyoukei.seesaa.net/ より

 

 

人道外れる死刑制度 - 人の痛み、我が身重ねよ・・・

http://tokinokaze-nishimizu.blog.so-net.ne.jp/

 

 

死刑制度は絶対に必要 奪った生命を何で償うのか

http://shuchi.php.co.jp/article/555

 

 
  
 にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村
     DSC05765.JPG 

決して他人事ではない事故や事件  [死刑廃止論]


被害者遺族の尽きぬ悲しみと怒り
  

                                       CCF20140701_00016.jpg

 

                                                      にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村


忘れてはいけない20年前の惨劇   [死刑廃止論]

松本サリン事件から20年


平成6年6月27日の夜、オウム真理教の麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚の指示で、長野県松本市の住宅街に改造した車が持ち込まれ、猛毒の化学兵器、サリンがまかれた「松本サリン事件」では、8人が死亡し、140人以上が被害を受けました。

当時、松本市にあった教団支部の土地の明け渡しを求め、住民が教団と裁判で争っていて、それを妨害するねらいがあったとされています。

現場の近くに住み、事件直後、疑いの目を向けられた河野義行さん。

6年前には、サリンによる被害で脳に重い障害を抱え、寝たきりの状態だった妻の澄子さんを60歳で亡くしました。

事件から20年にあたり、現在、鹿児島に移り住んだ河野さんがNHKの取材に応じました。


この中で河野さんは、教団について「神秘体験や超能力などに興味のあった若者が集まり、反社会的なことも組織の中では正義で、それをやることが大事なことのようになり、暴走して歯止めがかからなくなってしまったと思います」と語りました。

事件直後、警察の事情聴取を受けていた河野さんは、当時の心境について「やっていないのは自分がいちばんよく分かっているから、仮に間違って罪に問われ、死刑になっても、落ち度がないのだから向こうが反省すればいいと思い、心のバランスを取っていました」と振り返りました。

そして事件の教訓については、「それぞれの仕事のプロがプロの仕事をしていなかった。風化を食い止めるのは難しいが、事件で学んだことを教訓として生かしてほしい」と述べました。

松本サリン事件20年  河野さん心境語る

627 546

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140627/t10015540801000.html より
    

  


1994
0627日、松本サリン事件が起きた。この時、事件への関与が疑われたのが、事件の第一通報者の河野義行さん(当時44歳)。逮捕されることはなかったものの、テレビや新聞で容疑者として大きく報道された。そして、十分な捜査が行われないうちに、翌年、地下鉄サリン事件が起きた。
 

麻原彰晃 (本名:松本智津夫)死刑囚(59歳)は、現在、東京拘置所に収容されている。13の事件で計27人を死なせたとして起訴されたのが、199566日。そして、その11年後の2006915日、その死刑が確定した。
 
   

死刑が確定して8年。異常行動が目立つとして厳重な監視の下に置かれているというが、その刑が執行される日が来るのかどうか、極めて不確実だ。
 

 
  

刑事訴訟法では、死刑確定から半年以内に刑を執行しなければならないことになっているが、多くの死刑囚は数年以上も拘置所でその刑の執行を待っている状態にある。昨日、大阪拘置所で1人の死刑囚の刑が執行されたが、まだ128人の死刑確定者が、いつ執行されるかわからないその日を待っている。

自分の生命が絶たれるその日のことを考えることによって、生命の尊さに目覚める者もいるだろう。しかし、とりかえしのつかない他人の生命を奪ってしまってからそのことに気付いても遅い。多くの遺族が加害者の死刑を望むのは当然だ。
 
   

 


麻原彰晃  【あさはらしょうこう】

 本名:松本智津夫  195532日生まれ、熊本県八代市出身

19842月 オウム真理教の前身「オウム神仙の会」設立。
19877月 「オウム真理教」に改称し教祖となる。

19891104日 坂本弁護士一家殺害事件
19902月  衆議院選挙に「真理党」として松本被告ら25人が立候補するも、全員落選。
1994627日 松本サリン事件
1995320日 地下鉄サリン事件
19955月16日 地下鉄サリン事件などを首謀した容疑で逮捕

2004227日 東京地裁で死刑判決。 (一審判決まで7年10カ月、公判期日257回) 
2006915日 弁護側の最高裁への特別抗告が棄却されたため、正式に死刑が確定。
  


地下鉄サリン事件から19年 

http://mayonaka-kansyutyou.blog.so-net.ne.jp/2014-03-20


                              
CCF20130707_00001a.jpg  
                                              にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村


谷垣法相、死刑執行に強い姿勢を表明   [死刑廃止論]

1人の死刑執行 今年初、自民政権復帰後9人目

26日、大阪拘置所で1人の死刑を執行。昨年12月以来の執行で、今年に入って初めて。2012年12月に自民党が政権復帰して以降、執行は5度目で、計9人目。
  

谷垣法相は12年12月に自民党が政権復帰して以降、2~5カ月の間隔で死刑を執行してきた。昨年12月の前回執行から約6カ月の間が空いた背景には、一家4人が殺害された「袴田事件」で死刑判決が確定した袴田巌さん(78)について、今年3月、静岡地裁が再審開始決定を出したことが影響したとみられる。
   

谷垣法相は執行後の記者会見で「身勝手な理由から尊い命を奪った極めて残忍な事件であり、裁判所の十分な審理を経た上で死刑が確定した。慎重な検討を加えた上で執行した」と述べた。確定死刑囚は、128人になった。

20146261127

http://www.asahi.com/articles/ASG6V34R7G6VUTIL007.html より


死刑執行に強く抗議し、改めて死刑執行を停止し死刑廃止について全社会的議論を開始することを求める会長声明

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2013/130221.html
   
死刑賛成と、「被害者遺族感情」を利用して叫ぶ人を、私は決して信用しないhttp://blogs.yahoo.co.jp/hiroshikey66/62653703.html

 

CCF20130707_00001a.jpg  にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村


癒されることのない犯罪被害者・遺族の苦悩   [死刑廃止論]

著者からのコメント

昨年の9月、「闇サイト殺人事件」被害者遺族の磯谷富美子さんとお会いしました。私たち一般人には想像もつかないほど、事件の「PTSD]が重症でした。
 

被害者感情の慰撫から死刑制度存置も必要ですが、それと並行して、自殺の手段に死刑制度を利用するような「通り魔事件」は、確かに抑止力にはなりません。
 

しかし、彼らが仮釈放等で一般社会に戻れば必ず、新たな被害者を生み出してしまうため、社会正義防衛上の観点からも、死刑制度が必要なのです。

 
抑止力がないというのは、ちょっと勉強不足です。
 

拙著「闇サイト殺人事件の遺言」には、死刑制度が廃止された場合、刑務官の私の観点から、予想される日本の治安状況についても掲載してあります。
 
拙著でも触れていましたが、死刑執行には犯罪被害者遺族が立会すべきです。
 

その理由等にも拙著に掲載してあります。
   

機会がありましたら是非、私にも同番組で意見を述べさせてください。

by 著者の河村龍一です (2014-04-13 23:36)

 

以上、 議論が噛み合わない死刑問題 に寄せられたコメントから河村龍一のコメントを抜粋。

 

ビートたけしのTVタックル 死刑制度について

https://www.youtube.com/watch?v=USJI4dB-IOs

 

「真夜中の看守長」公式ブログ
http://mayonaka-kansyutyou.blog.so-net.ne.jp/
 
  
にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村
             DSC05765.JPG

「そばの会」の主張 10   [死刑廃止論]

「被害者感情」と死刑

以下、http://homepage2.nifty.com/sobanokai/soba0407.html 20047月) より
 
 

「被害者感情を考えれば死刑存置もやむをえない」という意見をよく聞きます。また、私たちに「被害者の人権をどう考えているのか」と詰問してくる人も、ときどきいます。 
  

先週の日曜日に葛飾で、1983年に愛知県で起きた「半田保険金殺人事件」の被害者の兄、原田正治さんの話を聴く集まりがありました。原田さんは、加害者である長谷川死刑囚(2001年12月に死刑執行)との面会と死刑執行停止を求めてきました。

  

トラックの運転手だった原田さんの弟は、勤務先の社長だった長谷川死刑囚ら3人によって、保険金目当てに交通事故を装って殺されました。最初は交通事故として処理されましたが、1年3か月後に長谷川死刑囚たちの犯行が発覚しました。彼らはそれ以前にも同じ手口で二人の人を殺していました。長谷川死刑囚は逮捕されるまで親切ごかしに母親の家を訪れ、弟が借金をしていたとウソをついて母親から金を引き出していました。

  

原田さんは長谷川死刑囚を憎み、毎回欠かさずに裁判を傍聴しました。一審の証言台で「極刑を望みます」と言ったものの、長谷川死刑囚にじかに怒りをぶつける術がないことに絶望感を抱いたといいます。交通事故として支払われた1400万円ほどの保険金も保険会社から返還を求められ、それに引き換え犯罪被害者給付金は200万円ほどで、一家は経済的にも困窮しました。裁判の度に仕事を休むので会社からもうとまれ、原田さん自身の生活も荒れていったそうです。

  

長谷川死刑囚は原田さんのもとに手紙を何通も書いてきました。長い間読まずに捨てていましたが、二審の半ばの頃ふとしたきっかけで手紙を開封し目を通すようになり、初めて面会に行ったのは事件から10年目の夏でした。その秋には長谷川死刑囚の死刑判決が確定し、4回面会しただけで以降は面会できなくなりました。

  

原田さんは今でも長谷川死刑囚を「許せない」「許せる問題ではない」と言います。それでも、面会に行って直接謝罪の言葉を聞くと、ある程度気持ちが落ち着いたそうです。それまで「あいつは威張りくさって何もしないでただ拘置所にいる」と思っていたのが、「ああ、あいつは謝っている」と思うと安堵感のようなもの感じたと言います。

  

長谷川死刑囚が処刑されても彼への怒りや憎しみは癒されなかった、被害者遺族の生活は何一つ変わらなかったと原田さんは言います。このような体験から原田さんは、「被害者感情」を死刑執行に利用することに反対し、加害者と被害者の面会の場を設けること、被害者側の救済・支援の重要性を訴えています。

  

長谷川死刑囚の息子さんは父親の死刑が確定して一年も経たずに二十歳で自殺しました。長谷川死刑囚のお姉さんも自殺しています。彼らの死を肉親の犯罪の当然の報いと見ることはできません。私たちには彼らのためにもやり残していることがあるはずです。

  

犯罪被害者の救済・支援に反対する人はいないし、口で言うことは簡単です。しかし、そのために私たちは何をすべきでしょうか? また、被害者遺族の気持ちを外から代弁することも簡単です。しかし、加害者を殺すことで本当に被害者や遺族の気持ちは癒されるのでしょうか? 愛する人を殺された者が「生きて返せ」とその犯人を一生憎み続ける気持ちは理解できます。しかし、その気持ちを「すべての殺人者は死刑にすべきだ」という主張と結びつけるのは、飛躍してはいないでしょうか?

  

むずかしい問題ですが、一緒に考えてみませんか?

東京拘置所のそばで死刑について考える会(そばの会)
http://homepage2.nifty.com/sobanokai/
 
   ↨

死刑制度は絶対に必要 奪った生命を何で償うのか 
http://shuchi.php.co.jp/article/555
 

 
 にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村
                 
「そばの会」のぼり.jpg

keyさんの死刑廃止論 4   [死刑廃止論]

死刑の是非と被害者感情   
  
死刑廃止論者のkeyさんは、被害者感情を理由として死刑に賛成することを強く批判している。しかし、自分が被害者の遺族になったときに、同様な意見でいられるのかどうかについては何とも言えないと、正直にその心情を吐露している。そして、できうる限り、「復讐感情にとりつかれない精神状態を保ちたい」という。

しか
し、殺人事件の遺族の多くが加害者の死刑を求める。それは、被害者側の心情に思いを重ねれば当然のことである。keyさんは、自分がそういう立場になってみないことにはわからないと言うが、それは想像力を欠いているのではないのか。

日本弁護士連合会副会長を歴任したこともある岡村 勲氏は、関与した事件の関係者に奥さんを逆恨みで殺害された。「現行の法制度に馴れてしまい、被害者の苦しみ、権利に思いを致すことがなかった。妻を亡くして、初めて常識に立ち戻れた」と言っている。
   

 
闇サイト殺人事件の遺族の磯谷富美子さんは、「同じ恐怖と苦しみを味合わせながら、この手で同じように抹殺してやりたい!これが偽らざる気持ちです。尊い命の代償は、同じく命で払ってください」と訴えている。
 
富美子さんの一人娘の利恵さんは、命乞いする利恵さんの声を無視して無残に殺害された。そのような無慈悲な者にどうして生きる権利があるというのか。死刑という刑罰は、そういう者がいるからこそ必要と言わざるを得ない。
 
 
「死刑の確定件数が大台に」という記事を読んで ~ 死刑制度についての私見

http://blogs.yahoo.co.jp/hiroshikey66/46750422.html
  
 
死刑賛成と、「被害者遺族感情」を利用して叫ぶ人を、私は決して信用しないhttp://blogs.yahoo.co.jp/hiroshikey66/62653703.html

                                                                              にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村


死刑は論理的にも倫理的にも間違っている   [死刑廃止論]

論理的根拠に欠ける死刑条項

  

以下、菊田幸一氏の「いま、なぜ死刑廃止か(1994) より (40~41ページ)。読みやすくするために改行し、さらに空行を設けて転載。

  
 きわめて概括的にいえば、死刑がひろく一般的に刑罰の一種として、懲役、禁固、罰金そして死刑という並列された刑罰の一つとして多用されていたならば、刑法上の責任主義もかなりの部分において死刑適用に特段の違和感は生じなかったかも知れない。

 しかし、こんにち、現実に処刑される者は、受刑者に限ってみても犯罪者のなかの一万分の一というまさに希有の適用である。

 そのことは、このような希有な行為者がいかなる状態において死刑に該当する行為を実行したかは、他の一般の犯罪行為とは比較にならぬほどに状況が分析されなければならない。


 ところが、たとえば責任の量を「計ることができない者」(死刑相当)と「計ることができる者」(有期刑相当)との区別は現実には不可能である。

 この点だけを取り上げても責任論は論理的分析に耐えるものではない。強盗犯人であれば、その者が善悪の判断をしたうえで行為に及んだかどうかに裁判官は頭を悩ませることはない。自分の経験と常識で量刑相場を決めればよい。

 ところが死刑に限ってそれができない。なぜなら責任の量を「計ることができない者」という断定をしなければならないが、その合理的根拠がないのである。それを無視して死刑を選択している故に死刑は論理的にも倫理的にも間違っているのである。
 
刑法上の責任主義もかなりの部分において死刑適用特段の違和感は生じなかったかも知れない。  


刑法上の責任主義も」とはどういうことか。それはどの言葉にかかるのか死刑が他の刑罰と同様に多用されていたならば、そのことに特段の違和感は生じなかった、ということか。そうだとしたら、それは死刑認めているということではないのか

この後、「多くの裁判官は、この論理的矛盾に気づいていないのであろう」と続く。そして、「そこで一つの材料を提供しよう」と、さらに説明が続く。しかし、その説明がまたしても実にわかりにくい。

  

自分の頭の中ではわかっているつもりでも、それを他人にわかりやすく説明することは非常に難しい。菊田氏は、まさにそれを証明している。死刑賛成者が8割を超える現状で、それを変革するにはもっとわかりやすい説明をする必要がある。

  
誰かに、複雑なことを、わかりやすく説明する必要性
http://nedwlt.exblog.jp/18069530/
 
できる人が必ず持っている 「わかりやすく説明する力」

http://shuchi.php.co.jp/article/1137

                             にほんブログ村 経営ブログ マネジメントへにほんブログ村
前の10件 | - 死刑廃止論 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。