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教育の大切さ 6   [教育]

教育こそが世界を変える!!
 

1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。教育こそがただ一つの解決策です。」(マララ・ユスフザイさんの国連演説から)
   
とても16歳の少女が述べたとは思えないほどの雄弁で感動的なスピーチです。教育の力・価値というものを改めて認識できました。

   

201418日放送の、NHK・クローズアップ現代では、「16歳 不屈の少女 マララ・ユスフザイさん~」と題して、教育の権利を勝ち取ろうとしたために、タリバンから銃撃され、瀕死の重傷を負ったマララさん。それでも、教育の自由を願う不屈の意思はゆるぎませんでした。
   

マララさんの言動を知れば知るほど、心揺さぶられずにはいられませんでした。 (中略) 教育こそ、世界を変える力になるのです!(逆を言えば、無知が世界の闇を広げるわけです・・・)マララさんの国連演説の全文というのを、今回初めて読みましたが、大変心打たれました。
   

アジアやアフリカでは、「女性が教育を受けるのはケシカラン!」と、場合によってはマララさんやその友人たちのように、暴力で弾圧されることさえあります。それに比べて、日本では教育を受ける権利があるにも関わらず 自らそれを放棄しているような輩が多いのは残念なことですね。

http://francesco-clara.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/nhk16-201418-85.html より


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16歳の誕生日、国連での見事な演説

http://mondai-kaimei2011.blog.so-net.ne.jp/2013-10-08-1


あらためて思う読書の大切さ   [教育]

読書は無限の可能性の原動力

 

日本マイクロソフト社の取締役社長であった成毛 眞氏は「本を読まない人はサルである!」と言っています。その通りだとすると、私たちの周囲にはかなりの「サル」がいることになります。

 

読書の大切さを声を大きくして訴える人がいる一方で、「どうして本を読む必要があるのか」と言う人がいるということは悲しい限りです。そういうことを言うのは、本を読んでいないからとも言えます。本を読む喜びを知ればそういうことは言えないはずです。

 

本を好きになるかならないかは、親の姿勢が大きく作用します。本を読まない親が子供に「本を読め」と言っても説得力はありません。子供が本好きになるかならないかは環境に大きく左右されます。まさに「門前の小僧習わぬ経を読む」です。

 

読書の重要性 「子どもが本を読まない 国に未来はない」

http://www.iinan-net.jp/~tosyokan/dokusyo-igi.htm

 

読書のすすめ ― 本から学ぶことの効用と古典の重要性

http://blog.livedoor.jp/deguchiharuaki/archives/27691838.html

 

読書の必要性。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1064992425

 

読書と豊かな人間性

http://home.att.ne.jp/kiwi/flicker/re/dokusho_2.html

 

読書は理解力と表現力の源

http://ribosomaltranslator.cocolog-nifty.com/blog/cat56178537/index.html

 

「英語のできる子供」を考えるとき、帰国子女の存在を忘れてはいけません。一種「憧れ」のまなざしで見られていたものも、最近はその数も増え、親の仕事の関係で英語圏での暮らしを経験している学生は、それほど珍しい存在ではなくなりました。

 

彼らの英語は、幼いころに身につけた英語であるから、発音も自然できれいです。英文を書く際も、皆、さらさらとペンを動かし、流暢に見えます。ただし、何かテーマを与えられ、論理的展開を要求するような長い文章が課題になると、少し様子が違ってくることもあります。英語も自然で正しく、内容的にも論理的でしっかりした英文を書ける学生の割合は、日本に暮らした一般学生に比べれば、確かに高いです。

 

しかし、一見すらすらと、長い文を難なく書いているようではあるが、語彙の選択に関して今ひとつ洗練されたものがなかったり、表現が口語的で短い文を連ねたものだったりで、内容的にも論理性をもって「読ませる」だけの説得力がないというケースも、時折ではありますが、帰国子女の中にみられるのです。一方、一度も海外に出た事がなく、ずっと日本の中で英語教育を受けてきた学生の中にも、正確なわかりやすい英語で、内容も非常に独創的で説得力のある英文を書くことのできる者たちが存在します。

 

確かに、長く海外に滞在していた帰国子女のように慣れ親しんだ流暢な英語というわけにはいきません。しかし、中身のある「読ませる」英文であることは確かです。日本の語学教育を受けた学生のすぐれた英語の文章と、帰国子女の優れた英語の文章を並べたとき、必ずしも、後者のほうが絶対によいとは言いきれない場合もあるのです。

 

おそらく、中学校の時点だったら、帰国子女の英語は、文句なく断然優れたものでしょう。高校生でも、一般生徒はかなわないことが多いでしょう。しかし大学生になると、つまり大人の思考を要求される時代になると、少し様子が変わります。海外に滞在していたことを非常にプラスにできる子供と、音声面は別として、それほどプラスにできなかった子供がいるということがわかります。もはや、この年齢では、帰国子女というグループで一括りにすること自体に意味がありません。一般学生と似たような才能が存在するように、帰国子女もさまざまなのです。

 

問題は、理解力、表現力、思考力、集中力、注意力といった能力を総合したものが、想像的な言語能力に結びつくということです。中でも、理解力や思考力、表現力がどのように伸ばされてきたかということは言語の運用能力と大いに関係があります。理解力とは、別の言い方をすれば、文章を読みこなす能力です。表現力とは、文章を読みこなすことで自分の中に蓄積していった情報を元に、自分のアイディアを他社によく理解させるかたちで外に出す力です。思考力は、両者の中間に位置し、理解に置いても表現においても大きな役割を果たします。

 

これらの能力の重要性は、どこの国に暮らして成長しようと、変わることがありません。このように考えて見ると、外国語に置ける表現力の豊かな人間を育てるためには、その前提となる理解力を養う過程で、書物を読むということが、いかに大切なことであるかがわかります。外国語が理解でき、外国語によって自己表現ができるためには、幼いころからの読書による内面的蓄積が必須です。

2013813 () 言語  | 固定リンク

http://ribosomaltranslator.cocolog-nifty.com/blog/  より

 

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バカ親の氾濫をどうするか   [教育]

バカ親・ダメ親が子供の未来をダメにする

 

保育園の行事の講演会&ウォークラリー

 

講演会は興味深い話で、講師の先生も話し上手で面白く、それは本当に楽しい時間でした。でも、真剣に聞いている人たちの雰囲気をぶち壊すバカな人はやっぱりいました。

 

一生懸命聞いている人たちの中で、自分たちが浮いているとも知らずに、ずーっとしゃべり続けていたお母さん。自分の事じゃないと思っている人ほど、危ない。何せ話を聞いていないので、注意されても全然分かってない。

 

講師の先生が、『そこのあなた達、話を聞かないなら出て行って下さい。真剣に聞く人の迷惑です』とほぼ名指しなのに、自分の事じゃないと思っているから始末が悪い。そこまで言われて、全員の注目が集まって、初めてキョロキョロと見回すその無神経さ。講師の先生が、注意してくれたとき、心の中で喝采を送ったのは言うまでもない。

 

保育園の行事は、強制じゃないんだから、聞かないなら人のじゃまにならないように出て行く。聞くならおしゃべりせずに真剣に聞くということぐらい、できないことじゃないだろうに。はっきり言って、話を聞けない大人、が多すぎる。

 

子どもには『お母さんの言うことはちゃんと聞くのよ』なんて言うくせに、自分は人の話を聞かないなんて、まるでダメ見本。子どもって、ちゃんと親の背を見て育っているんですよ。

 

http://homepage3.nifty.com/~misty/Hear!.htm より

 

溺愛はNG!子どもをダメにする「痛い親バカ」3パターン

http://www.excite.co.jp/News/woman_clm/20121112/Wooris_7775.html

 

これからの家庭教育の在り方

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/toushin/960701i.htm

 

家庭教育の大切さ

http://mondai-kaimei2011.blog.so-net.ne.jp/2012-06-17-1

 

 

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子供の不始末に対する親の責任   [教育]

家庭における躾の大切さ

   

 ( 作 成 中 )  親がいい見本を示すことが躾の基本!! トンビが鷹を生むことはざらにあることではない。通常は「この親にしてこの子あり」!!

  

息子・娘達へ

http://blog.goo.ne.jp/k_em2005/e/ff676bb456608821087cd718173b471d 

  

泥棒をかばうバカ親たち

http://blog.goo.ne.jp/okanyan/e/69b49c6910f6af2cdd05bf1e66983d11 

  

家庭における教育の重要性

https://blog.so-net.ne.jp/MyPage/blog/article/edit/input?id=52784449
  

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議論が成立しない背景にある論理的思考の欠如   [教育]

知的レベルの低さを露呈しているコメントの数々

 

もともとわたしは国籍の如何を問わず在日の人たちの権益とは何の関係もないし、ついでにいうと同和利権とも何の関係もない。BLOGOSのコメントで「このブログ書いていくらもらえるの?」とあったが、一銭ももらっていないどころか、費やした時間その他すべて自分の持ち出しで、それに対するバックはまったくない。そういう立場であるから、「これが事実だって言ったら事実なんだ!」とわめくのではなく、「こういう揺るぎないデータがありますよ、出典は社会福祉事務所」というようなものを出してもらえれば、ああそうですかと納得するのに、そういう資料を出そうという努力は何もなく、ただググって見つかった情報を拡散するだけでは、同じテーブルにつくことさえできない。

 

改めて言うが、すり替えられた論理「不正受給者の大半が在日」ということを主張するのであれば、それを裏付ける追試可能なデータを出せばいい。ただそれだけのことである。

 

http://www.kotono8.com/2012/05/31seihozainichi.html より

 

松永英明氏のブログにその記事を批判するコメントが寄せられました。そこで松永氏はそれに対して丁寧に反論しました。それは実にわかりやすい誠実さあふれるものでした。しかし、批判の主は全然それを理解することなく批判を繰り返しました。それはまさに自らの知的レベルの低さを証明するものでした。

そういう知的レベルを疑うコメントに対して「誰が見てもアホなデマを否定するのに、これだけの字数が必要ということに、めまいも感じる」というコメントも寄せられています。同感です。

ネットには実に馬鹿馬鹿しいコメントが溢れています。情けないことこの上ありません。教育(とくに国語教育)が機能していないことを如実に表しています。

松永氏の見解 ⇒ 本文をまったく読んでいないか、この程度の小論を読み通せないのか、読んでも内容を理解するだけの読解力がないか、いずれにしてもこんな感想が書けてしまうことが知的レベルの低を露呈している。 

生活保護受給者の97%は日本国籍(「生活保護・在日」問題に関する統計)

http://www.kotono8.com/2012/05/31seihozainichi.html

 

死刑に賛成しているくせに射殺に反対しているやつって何なの? 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11114251911

(↑ 知的レベルの低さを自覚して投稿撤回?)

 

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あらためて思う教育の大切さ   [教育]

「八重の桜」33回

 

今年は新島 襄の生誕170年に当たるといいます。新島 襄について私はほとんど知りませんでしたが、同志社大学を創設することになった経緯を「八重の桜」で知りました。当然、“一国の良心”や“百年の大計”についてもそこで初めて知りました。

 

一国を維持するは、決して二三英雄の力に非ず。実に一国を組織する教育あり、智識あり、品行ある人民の力に拠らざる可からず。是等の人民は一国の良心とも謂ふ可き人々なり。而して吾人は即ち此の一国の良心とも謂ふ可き人々を養成せんと欲す。

 

如何に教育が大切であるかを訴えています。新島 襄が密出国したという事も私は知りませんでした。不法に出国したことがいい結果を生んだ訳ですが、もし出国していなく明治維新の動乱の中にいたとしたら歴史は当然変わっていたはずです。

 

新島 襄の妻となる八重。その兄・山本覚馬についても私は「八重の桜」を見るまでまったく知りませんでした。覚馬は、八重に女子も学問に目覚めるべきということを諭します。八重は、「学べば答えが見つかっぺか」と自分に問いかけます。

 

My dream is that I make this go bigger and bigger to study and learn more and more!!

私の夢は、この学校を大きくして、もっともっと学ぶことです。

http://d.hatena.ne.jp/chd+screen/20130818  より

    

八重の桜 第33回 「尚之助との再会」あらすじ&感想 ~不滅の愛~

http://yonipo.blog13.fc2.com/?no=1069

 

同志社大学 新島八重と同志社

http://www.doshisha.ac.jp/yae/about/kakuma.html

 

新島八重の兄、山本覚馬の生きざまに光 米沢の鈴木さん、改訂出版

http://yamagata-np.jp/news/201212/04/kj_2012120400104.php

 

80回企画展「新島襄生誕170年記念 襄と八重の上州-新島襄がこの地に播(ま)いた種-」http://www.bungaku.pref.gunma.jp/display/topics0212.html

 

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息子・娘達へ   [教育]

土佐 樹誉彦氏のブログから転載

 

以下、抜粋(一部ハイライト表示)です。全文は ⇒ 「義理と人情と心意気と・・・ときどきてきと~に2」

 

学校は楽しいですか? 友達と沢山遊んでいますか?ご飯は沢山食べていますか?ボールを蹴ったり、壁に上ったり、自転車で冒険したり、秘密基地を作ったり・・・

 

今あなたが経験していることは、大人になったときにとても役に立つ事です。友達と物の獲りっこをしたり、いたずらやケンカをすることもあるでしょう。新しい遊びを考えたり、木の枝などで武器を作ったり、好きな子にわざとちょっかいを出してみたり、テレビや友達から覚えたばかりの乱暴な言葉をわざと使ってみたり、近所の家のインターホンをいたずらで鳴らして逃げて怒られているかもしれませんね。

 

それらの経験で学ぶものは学校の勉強からは得られません。テレビゲームからも得られません。でも勉強はしっかりとして下さい。出来ないよりは出来たほうが良い。大人になって必要な基礎、また学ぶという姿勢は必ず役に立ちます。それを今しっかりと築いて下さい。

 

テレビゲーム、ポータブルゲームは無くても良い。やらなくても、あなたの人生を困らせることはありません。代わりに沢山の本を読んでください。本を読むことで、知識が増え、読み取る力がつき、勉強もできるようになります。何より、あなたが一生かけても出来ない経験を本の世界では得ることができます。それはあなたの人間としての厚み可能性を無限に広げてくれます。

 

色々な友達や、周囲の人達との関わりを大切にして下さい。誰かに会ったときには必ず笑顔で、自分から挨拶をして下さい。その人がそのときは返してくれなくてもです。いずれその人達があなたの味方になってくれるでしょう。そして、自分が心をひらかなければ、相手もひらいてくれないことを知って下さい。

 

あなたを叱ることがあります。あなたが嫌いだからではなく、可愛いからこそと理解して下さい。自分があなたと同じ年齢を経験してきたからこそ、叱らなくてはいけないときがあります。

 

今は家族以外の人から叱られることが少なくなりました。でもお父さん・お母さんだけではなく、他人から叱られることはとても大切なことです。その時は嫌な気分になるかもしれませんが、本当に大切なことを教えてもらっていると思ってください。

 

そして、家でも、学校でも、習い事でも、辛いことがあったときに逃げないで下さい。善悪の判別がつかない小さいうちは特にです。そのときはお父さん・お母さんの言うことを聞いて下さい。逃げることからは何も生まれません。目を背けず、向き合うこと、それがあなたの心を鍛えてくれます。

 

ただ、万が一いじめだったり、一人ではどうしようもないときには、逃げていい場合もあります・・そのときにはあなたは絶対に一人ではない ということを忘れないで下さい。

 

たまに、家庭でも、学校でも、友達同士でも理不尽なことがあります。でも、生きていると常に正しいことは起こりません。むしろ、沢山の正しくないことと、正しいことがあって世の中が出来ています。生きている人間の数だけそれはあります。10人居たら、それぞれが違う考えであることを理解して、むしろそれは自然なことであると処理をして下さい。

 

しかし、それでも正しいことは正しい、間違っていることは間違っていると貫き通せる自分の信念を持って下さい。間違っていると分かったときには、素直に謝ってください。意地を張っても何のプラスにもなりません。

 

なにより、あなたが今生きているのは、お父さんお母さんがいるお陰です。今、毎日ご飯が食べられること、着る服があること、幼稚園や学校にいけること、空手やプールやサッカー野球、ダンス、塾、へいけることは当たり前ではありません。いきたくてもいけない子、好きなものを食べたくても食べられない子が世の中にはいます。自分だけがこの世の中で生きているわけではないこと、そしてご両親に生かされていることに感謝の気持ちを持って下さい。

 

習い事は行かされているのではなく、行かせて頂いているのです。僕は私はそんなこと頼んでないなんて思わないで下さい。それを言っていいのは、一人で生きる力がついたときです。大体、やらされた、やらされてると思いがちですが、それは違います。養われているうちは、自分で生きていけないうちは、それは言ってはいけない。なぜなら、お父さん、お母さんの長い人生の経験で、必要であると思うことだからこそ学ばせています。

 

それでも、言いたくなるときも、言ってしまうときも、言うことを聞きたくないときもあるでしょう。それは自然なことです。なにより、あなたが親離れをしようとしている証しです。そのときは口げんかをするかもしれませんが、お父さんとお母さんはあなたの成長を強く感じ喜んでくれているはずです。今は分からなくても、いつかあなたに家族ができたときにその意味が分かるでしょう。

 

人間はそうやって、周りの人たちと自分の違いの中で揉まれて大きくなっていきます。お父さん、お母さんとそうした話しが出来るようになったことに感謝してください。どんなに気に入らなくても、少なくともあなたをそこまで育てたのはお父さん、お母さんです。

 

一生のうち本当に多くの人たちとめぐり合いますが、友達、仲間を大切にしてください。どれだけあなたが偉くなっても、強くなっても、お金を持っていたとしても、人はただそれだけの人にはついてきてくれません。ついてきているとしたらそれは、あなたにではなく、あなたの持っているお金、名誉、地位、に対してです。

 

人の心、繋がり、絆は、その人がもっている心に惹かれます。それは未来永劫絶対に変わりません。あなたの親友・心友が、仲間が、一生の財産・宝となります。そんな「心」で付き合える友達を作ってください。

 

そのために、色んな人に会い、見て、話しをし、色々な考え方、視点、発想力、応用力を学ぶ必要があります。自分の考え方、意見をしっかりとつくる必要があります。だからこそ、テレビゲームなどではなく外に出て、友達と遊び、沢山の経験を積んで下さい。

 

人はときに失敗をすることがあります。失敗しない人間は居ない。人は失敗することを恐れます。失敗はしないほうが良い。だけど恐れず沢山の失敗をして下さい。失敗・挫折無くして、人間は成長しない。失敗は、あなたを次のステップへ進ませてくれるために起こります。そのときにあなたがこれをどう捉えるかで、人生は変わります。神様はあなたに乗り越えられない試練は与えません。

 

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相次ぐ若者の悪ふざけ投稿   [教育]

教育の崩壊の一つの表れ

コンビニのローソンのFC店で従業員がアイスクリームケース内に寝そべっている写真をネット上に公開し大騒動になりました。面白半分でやったことであったにしてもとてもその感覚は理解できません。

問題の店舗はFC契約を切られたばかりでなく、半月経っても未だに休業のままだといいます。その騒ぎがまだおさまってもいないのに今度は、ハンバーガーのチェーン店で商品の材料の上に寝そべる写真を従業員が公開していました。

 

会社の説明によると、大量注文のために残った商品の上に寝そべった(残った商品は廃棄した)ということですが、表向きの釈明に聞こえてなりません。廃棄する商品であったためにその上に寝そべったことを正当化しているかのようです。

 

しかし、店舗の業態は違うとしても他社で起きた不祥事を我が身の事としてどうして教訓としないのでしょうか。従業員が愚かな事をしないようにどうしてそういう教育・指導はしていないのでしょうか。それとも、自分のところは大丈夫という確信があったのでしょうか。

 

しかしそれにしても、従業員の意識の低さには甚だ呆れるばかりです。身近な友人にその写真を見せるだけならまだしも、ネットにそれを公開するという感覚が理解できません。そうすることがどういう意味を持つかという認識に欠けていたことは明白です。

 

これは、明らかに学校におけるネット教育の欠如といえます。ネットによるいじめをなくするためにもネットの恐ろしさをもっとしっかり教育する必要があります。

 

嘆かわしい現実 常識をわきまえない若者の愚行に怒り心頭!!

http://mondai-kaimei2011.blog.so-net.ne.jp/2013-06-08-1 

 

ネットはバカを可視化するが、非馬鹿化はできない

http://blogs.yahoo.co.jp/higashidake/64248588.html

 

バカや低学歴の世界が可視化されたんじゃなくて自分がそういう底辺層と同じ世界におちたんだろ  http://d.hatena.ne.jp/tokunoriben/20130813/1376415786

 

 

 TBS

 「ひるおび!」 

  2013.8.5  ⇒

 
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思慮に欠けるコメントの氾濫   [教育]

見解の聡明さと浅はかさはどこで生じるか

 

ネットには、非難・中傷・罵詈雑言が溢れています。匿名で自由に意見を表明できる事がネットの大きなメリットですが、そのことが逆に作用して大きなマイナスの面を生んでいます。ネットの書き込みが「便所の落書きと変わらない」と言われる所以がそこにあります。

 

最近の例では、復興庁の参事官が被災者を馬鹿にするようなことをネットに書き込んで大きな問題になりました。これは、エリートと言われるような人物であってもネットに対する認識は充分でない事を証明しています。これはまさしく、ネットの急激な発達に対して教育が追い付いて行かなかったという事を表しています。

 

言いたいことを言えるという事は民主主義の要です。言葉の応酬でもって為すべきことを決定するのが議会制民主主義です。言論の自由が保障されていると言っても発言には責任が伴います。しかし、ネットには余りにもいい加減な発言が溢れています。それは言葉の暴力とも言えるものです。

  

言いたいたいことを言って後はどうなっても自分は関係ないという無責任な発言は非難されて当然です。しかし最も厄介なのは、言っている本人がまともなことを言っていると勘違いしているのではないかと思えるケースがあるという事です。

 

ある動画の再生回数が1年間で270万件を超えました。それは、動画の投稿者自身が再生されすぎ(ー ー;)とコメントするほどの驚異的な数字です。なぜ、それほどまでに注目を集めたのか。それは、その動画に寄せられたコメントによく表れています。

 

動画 ⇒ アホだね Stupid  https://www.youtube.com/watch?v=d5xFThAZOyE

 

賛同するコメント(一例)

その1 ナンバー公開してつるしたい。こういう輩は、事故か捕まらないと判らないよ

その2 アホではない、それ以上だ、とっとと地獄に行けばいい、邪魔存在

 

批判するコメント(一例)

その1 投稿者があまりに運転下手では?。 右折のチャンスがいっぱいあるのに、発進してない。 どうして?。 赤信号まで待つの?。 交差点でこんなクルマばかりだと、右折渋滞を引き起こしそう。 と言うか、してる。

その2 左折車が続いたときにそれについて右折すればいいものを、いつもまでも出て行かないので、焦れてならばお先にと出て行ったのでしょう。気持ちは分かる。

   

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後を絶たない万引き事犯 2   [教育]

万引きの横行と思慮に欠けるコメントに共通する教育の崩壊

 

万引き犯を捕まえるスーパーの警備員の活躍が民放各局でよく放送されます。挙動不審な客を追ってその犯行シーンを隠しカメラで撮り、レジを通らずに店外に出たところで声を掛ける。パターン化された番組構成ですが、これに対して異議を唱えるコメントがありました。

 

「毎回思うんだけどさ、なぜ万引きしたってわかってるのに店出るのを待つの?店出る前にさ、声かけて商品置かせて追い出せば済むだけの話だろ?こいつらあれだろ。ようするに万引き犯を嘲笑いただけだろ」

  

まったくもって思慮の浅いコメントです。「万引きしたってわかっているのに」という前提自体が間違っています。

   

店を出るまでは(レジを通過するまでは)万引きかどうかは決められません。バッグに(ポケットに)入れた時点で声を掛ければその商品の万引きは防止できます。「レジで払うつもりだった」と言われればそれはそれ以上の追及はできません。しかし、そういう事をする者は必ずまた同じことをします。そういう者を店から追い出して解決する問題ではありません。

 

万引き事犯を減らすには根気強くそれを摘発するしかありません。不審な客の動向に目を配るというのは店としては本来の業務ではありませんが、万引きが後を絶たない現状においてはやむを得ない事です。

 

万引きをゲーム感覚でする子供がいるという事実。万引きに罪悪感を抱かない親もいるという事実。これは明らかに教育がその機能を果たしていないという事の証です。そして同時に、思慮に欠けるコメントを恥じ入ることなく堂々と表明するという感覚。これも家庭や学校における教育に問題があるという事を明確に証明しています。情けない事この上ありません。

 

反論コメント(その一例)http://youtu.be/eNtYIzm05Fw より

 

「万引き」イコール「窃盗犯」

http://allabout.co.jp/gm/gc/55680/

 

後絶たぬ万引トラブル 命落とすケースも

http://www.lococom.jp/article/view/1223709/

   

スゴ腕!女万引きGメン 逆ギレして発覚!正体は・・・

http://www.youtube.com/watch?v=eNtYIzm05Fw&feature=em-subs_digest-vrecs

アップロード日: 2012/01/20 

修羅場の女性捜査官たち密着24

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