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癒されることのない被害者・遺族の無念 6   [情報]

野圭吾の問題作「さまよう刃」  

      

       

  

    

   

8歳未満の少年は、殺人を犯しても少年法という壁のために社会的に制裁を科すことができない。一人娘を殺害された主人公は、一人で犯人の少年たちに復讐の刃をふるう。個人による復讐が許されないのはわかっていながらもそうせざるを得ない主人公の苦悩。                                                                    51Co5ny1V1L__SL500_AA300_.jpg

正義とは何かを考えさせられる、問題提起の作品です。  読み終わってやるせない思いになります。 映画は2009年、10月公開。主人公の犯人役を寺尾  聰が熱演。

                                 

                        

愛する者を理不尽に奪われた者の苦悩

http://sengoku1999.seesaa.net/article/221054208.html より

 長峰は両手で包丁を握ると、死体の胸といわず腹といわず、やたらめったらに刺した。刺しながら涙を流していた。

 殺したところで、死体を切り刻んだところで、娘を奪われた恨みの一万分の一も晴れなかった。悲しみが和らぐこともなかった。

 では生かして反省させれば、それが少しでも果たせるのか。こんな人間の屑どもが反省などするものか。反省したところで許せはしない。絵摩は生き返らない。時間が戻るわけでもない。そもそも、あんな非道をした者が、たとえ刑務所の中であろうと、今後も人間として生きるのだと思うと、とても耐えられない。

 苦悩の中、長峰は包丁を振り下ろし続けた。犯人への復讐を果たしたところで救われないことはわかっている。何も解決せず、明日も見えてはこない。だからといって果たさなければ、より辛い苦悶の日々が待っている。地獄のような人生が死ぬまで続くにすぎない。愛する者を理不尽に奪われた人間には、どこにも光はないのだ。


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